
「千両幟(せんりょうのぼり)」とは、明和四年(1769年)に竹本座(大坂道頓堀戎橋南詰にあった人形浄瑠璃の興行場所)初演の浄瑠璃で、実在の関取稲川に擬する岩川(後には猪名川)を登場させた作品となります。稲川の御贔屓鶴屋の息子礼三郎と、大坂屋の遊女錦木太夫の悲恋に絡む稲川の義侠心を描き、歌舞伎や講談などでも演じられ、落語にも同題の噺があります。浄瑠璃とは、室町末期に三河地方で発生した無伴奏の語りが、琵琶法師らの語り物となり、やがて「浄瑠璃姫物語」が広まり、この節が浄瑠璃の呼称定着の起源となっています。十七世紀の江戸時代直前頃には三味線が伴奏楽器として定着しました。江戸時代初期には、人形芝居と結合して人形浄瑠璃が起こり、古浄瑠璃が三都で盛行します。江戸時代後期までに河東節・一中節・豊後節・常磐津節・清元節・新内節など、数十種の流派が次々と派生し、中でも人形浄瑠璃の竹本義太夫の存在が大きく、浄瑠璃は義太夫節の異名ともなっています。